風澤望、一条ひなた、織戸神那子、イリーナ・アンダーソンの四人は、隣の恩納村で開催されている夏祭りにやってきた。
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屋台が立ち並ぶ通りを四人で歩いていると、織戸が周囲を見渡しながらつぶやいた。
「私、こんな風に同級生とお祭りに来るのは初めてです」
織戸は学生証を取り出すと、淡い水色の浴衣の袂を押さえながら、屋台の写真を撮った。
最重要能力者の彼女は、祭りに行く、という行為が初めてだったのだろう。入場した時から、物珍しそうにあたりを見回していた。
「イリーナもお祭りは初めて、ユカタを着るのも初めてだよ」
イリーナが、大きな蝶の柄があしらわれた黄色の浴衣の裾をひらひらと揺らした。
10歳という年齢で高校進学を果たし、今年の四月に交換留学生としてやってきた少女も祭りに参加するのは初めてのようだった。
「あと、これも初めて。甘くておいしい」
イリーナは、リンゴ飴をなめると満面の笑みを浮かべた。
すると、菖蒲柄の赤い浴衣を着たひなたが注意した。
「浴衣に気を付けてね。リンゴ飴がつくとシミになっちゃうから」
「うん、気を付ける……あ、あれなんだろう? 神那子、わかる?」
「金魚すくいだと思います」
「キンギョスクイ? ねえねえ、神那子。一緒に見に行こう」
「……は、はい」
織戸を引きずるようにして、イリーナは屋台へとむかった。
望とひなたが、その場に取り残されてしまう。二人は、お互いに顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。
「よっぽど楽しいのね。あんなにはしゃいじゃって」
ひなたがそう言って織戸とイリーナの様子を伺う。
望も金魚すくいを始めた二人の後ろ姿を眺めた。
「楽しんでいるなら、いいんじゃない? 織戸さんの方も楽しそうだし」
「織戸さんも?」
ひなたが驚いたように聞き返す。
織戸は、普段からあまり感情を表に出さない。そのため、時々、周囲から勘違いをされることがあった。
「この祭りを、すごく楽しみにしてたみたいだよ。何度もメールで連絡してきたから」
「ふーん、そう言われると、いつもより明るい感じがするかも……ところで」
ひなたが望に視線をむけた。
「あなたのそういう格好、初めて見るわね」
「格好? あー、甚平のこと?」
望が着ているのは、紺色の甚平だった。
「学校では制服だし、家ではTシャツだからね……そう言う、ひなただって、浴衣姿を見るのは初めてだよ」
望がひなたを見つめる。
すると、ふたりの視線が重なった。ひなたの頬が赤くなる。
「そ、そうだったわね……でも、この浴衣、赤系の色だと、ちょっと派手かな?」
「そんなことないよ。かわいいし、似合ってると思うよ」
望がジッとひなたを見つめた。
ひなたの頬が、さらに赤くなっていく。それを悟られないように、望から顔をそむけた。
「どうしたの、ひなた?」
「なんでもないわよッ!!」
「?」
望が首を傾げる。
(もしかして怒らせちゃったのかな?)
(そんなこと、不意打ちみたいに言わないでよ。もう!)
そこに織戸とイリーナが戻ってきた。
「見て、神那子が取ってくれたの。それも一回でだよ」
イリーナが金魚が入っている袋を望に見せた。
「へえ、織戸さんが取ったんだ。すごいね」
「表面張力と水圧、金魚の重量などからすくい上げる方法を導きだしました……とはいえ、コツがあるようです。2匹目は失敗してしまいました」
織戸が破れたポイを見つめた。
「それ、貰ってきたんだ」
「はい……変でしたか?」
「普通は捨てるんだけど、いいんじゃない。記念になるし」
「はい、良い記念になりました」
顔は無表情だったが、望が言った通り、織戸は祭りを楽しんでいるようだった。
その時、花火の打ち上げが場内アナウンスで告げられる。
「花火が始まるみたいね。この先に観覧スペースがあるみたいだから行ってみましょう」
「イリーナ、花火みたい」
「私も、打ち上げ花火は近くで鑑賞したいです」
「それじゃあ、行こうよ」
それから観覧スペースに移動した四人は、夜空に上がる無数の花火を楽しんだ。
夏休みの終盤。こうして望たちは、休暇のひとときを満喫することができた。
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余談になるが、祭りから帰宅した望は、夏休みの課題が終わっていないことに気づき、ひなたに泣きつくことになる。
作:津上蒼詞