超能力研究と、能力者の教育が行われている高度政令都市だ。
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ひとりの少年が、夕暮れ時のメインストリートを歩いている。
彼の名前は風澤望。
アンダーポイントと呼ばれる、研究対象にならない微弱な能力者だ。
買い物帰りの望は、右手にビニール袋をぶら下げていた。
「得したなあ。ゼリー各種が半額だなんて……おかげで、よっつも買っちゃったよ」
よほどうれしかったのだろう。無邪気な笑みを浮かべる。
バカで脳天気だが、その分、悩みがない。
望はそんな少年だった。
「帰ったらブドウ味かレモン味を食べよう、っと」
望がたわいのない独り言を口にした時だった。
背後から、悲鳴と金属音が聞こえた。
「おわッ……え、なに?」
振り向くと、地面に倒れ込んだ少年と黒髪をサイドテールにまとめた少女がいた。
少年がうめき声を上げた。どうやら、彼女に殴り倒されたらしい。
「だから逃げても無駄だって言ったでしょ?」
彼女が右手の警棒を、くるりと一回転させた。
少女と警棒の組み合わせは、ちぐはぐだが印象的だった。
それも美少女ならばなおさらだ。
望が彼女に声をかけた。
「ひなた。今、仕事中?」
彼女の名前は、一条ひなた。
望のクラスメイトであり、親しい間柄だ。
ひなたは、能力を悪用する生徒を取り締まる『生徒会』の実働部隊、『執行部』の隊員だ。
望は、彼女が生真面目な性格であること、そのせいで任務中は、ちょっと怒りっぽくなることも知っていた。
「そうよ。今、任務中。危険だから下がってッ」
ひなたは怖い顔になると、不用意に近づいてきた望に釘を刺した。
「ごめん……邪魔だったよね?」
望が謝ると、ひなたは口元に笑みを作り、小さくうなずいた。
だが、すぐに真剣な表情に戻り、通信機で状況を報告する。
「違反者を確保しました。移送の用意をお願いします」
これ以上、ひなたの邪魔をしては悪いと、望はそこから離れることにした。
「もう一人ですか? こちらに? いえ……葉澄先輩、違反者の特徴は?」
ひなたの言葉を聞いて、望が足を止める。
数メートル先で、こちらをにらみつけている少年に気づいたからだ。
(もしかして、アイツって……)
「……それなら目の前の彼ですね」
ひなたも相手に気づいたようだ。
「一条ひなた。違反者の確保にむかいます……『ゲット・レディ?』」
ひなたが口にしたのは、セーフティースペルと呼ばれる超能力を発動させる特殊な言葉だった。
次の瞬間、彼女の高速移動が発動した。
高速移動は、普通の人間の十数倍の速さで移動ができる加速能力だ。
ひなたが一瞬にして、少年との間合いをつめる。
加速状態の彼女が、警棒を振り下ろす──が、少年は片手でそれを防いだ。
「身体強化系?」
ひなたの表情が曇る。
もう一度、警棒を振り下ろしたが無駄だった。
違反者の少年が反撃に出た。
彼の拳がうなりをあげて、ひなたに襲いかかる。
(ひなたが危ない)
「『エクスクルード』」
望がセーフティースペルを口にした。
次の瞬間。
少年の拳は、ひなたに触れることなく、空をきった。
『ゲット・レディ?』」
ひなたが叫ぶ。
今度の加速は、さっきとは比べ物にならなかった。
速すぎて、目では追えない。
ほんの数秒で、数十発を越える打撃が相手に叩き込まれた。
タフな身体強化系能力者で、これは耐えられなかった。
ひなたの足元に少年が倒れ込む。
「違反者、確保しました……はい、二人目の移送の用意もお願いします」
ひなたの無事を確認すると、望は足早にそこから立ち去ろうとした。
「望、ちょっと待ちなさい」
振り向くと、望の目の前にひなたがいた。
「あなた、今、余計なことをしたでしょ? 言っておくけど、あれは紙一重で避けられたの。それなのにッ」
ひなたが、怒った顔で詰め寄ってきた。
「あたしは執行部のエースなのよ。あんなことをされたら、あたしのプライドがズタズタだわッ!!」
「ごめん。余計なことしたよ」
望は申し訳なさそうに謝ると、ひなたにビニール袋を差し出した。
「そうだ、これいっぱい買ってきたんだ。ひなたにもあげる。だから許して、ね?」
「なによこれ」
「ゼリーだよ。好きなのをふたつ選んでよ」
「それならブドウ味とレモン味でいいわ」
「あ、それは……」
そのふたつは、望が食べたかったゼリーだ。
「なによ、文句あるの?」
「いえ、ないです。邪魔するといけないから、もう帰るね」
立ち去ろうとすると、ひなたが呼び止めた。
「ちゃんと冷蔵庫に入れておきなさいよ」
「うん、もちろんだよ。夕食の後に一緒に食べようね」
望が答えると、ひなたは、とびきりの笑顔でうなずいた。
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風澤望と一条ひなたは、二人暮らしをしている。
それは限られた人物しか知らない、二人の秘密だった。
作:津上蒼詞