pluschild.tips

超能力を持つ学生たちの青春を描くWeb小説『プラスチャイルド』のSSや設定などを公開しています。
制作:textscape

2013/04/05

+Cな日々 その16
(ブドウ味とレモン味)

 ここは結波市。
 超能力研究と、能力者の教育が行われている高度政令都市だ。

+ + +

 ひとりの少年が、夕暮れ時のメインストリートを歩いている。
 彼の名前は風澤望。
 アンダーポイントと呼ばれる、研究対象にならない微弱な能力者だ。

 買い物帰りの望は、右手にビニール袋をぶら下げていた。

「得したなあ。ゼリー各種が半額だなんて……おかげで、よっつも買っちゃったよ」

 よほどうれしかったのだろう。無邪気な笑みを浮かべる。
 バカで脳天気だが、その分、悩みがない。
 望はそんな少年だった。

「帰ったらブドウ味かレモン味を食べよう、っと」

 望がたわいのない独り言を口にした時だった。
 背後から、悲鳴と金属音が聞こえた。

「おわッ……え、なに?」
 振り向くと、地面に倒れ込んだ少年と黒髪をサイドテールにまとめた少女がいた。
 少年がうめき声を上げた。どうやら、彼女に殴り倒されたらしい。

「だから逃げても無駄だって言ったでしょ?」

 彼女が右手の警棒を、くるりと一回転させた。
 少女と警棒の組み合わせは、ちぐはぐだが印象的だった。
 それも美少女ならばなおさらだ。
 望が彼女に声をかけた。

「ひなた。今、仕事中?」

 彼女の名前は、一条ひなた。
 望のクラスメイトであり、親しい間柄だ。
 ひなたは、能力を悪用する生徒を取り締まる『生徒会』の実働部隊、『執行部』の隊員だ。
 望は、彼女が生真面目な性格であること、そのせいで任務中は、ちょっと怒りっぽくなることも知っていた。

「そうよ。今、任務中。危険だから下がってッ」

 ひなたは怖い顔になると、不用意に近づいてきた望に釘を刺した。

「ごめん……邪魔だったよね?」

 望が謝ると、ひなたは口元に笑みを作り、小さくうなずいた。
 だが、すぐに真剣な表情に戻り、通信機で状況を報告する。

「違反者を確保しました。移送の用意をお願いします」

 これ以上、ひなたの邪魔をしては悪いと、望はそこから離れることにした。

「もう一人ですか? こちらに? いえ……葉澄先輩、違反者の特徴は?」

 ひなたの言葉を聞いて、望が足を止める。
 数メートル先で、こちらをにらみつけている少年に気づいたからだ。

(もしかして、アイツって……)

「……それなら目の前の彼ですね」

 ひなたも相手に気づいたようだ。

「一条ひなた。違反者の確保にむかいます……『ゲット・レディ?』」

 ひなたが口にしたのは、セーフティースペルと呼ばれる超能力を発動させる特殊な言葉だった。
 次の瞬間、彼女の高速移動が発動した。
 高速移動は、普通の人間の十数倍の速さで移動ができる加速能力だ。

 ひなたが一瞬にして、少年との間合いをつめる。
 加速状態の彼女が、警棒を振り下ろす──が、少年は片手でそれを防いだ。

「身体強化系?」

 ひなたの表情が曇る。
 もう一度、警棒を振り下ろしたが無駄だった。
 違反者の少年が反撃に出た。
 彼の拳がうなりをあげて、ひなたに襲いかかる。

(ひなたが危ない)
「『エクスクルード』」

 望がセーフティースペルを口にした。

 次の瞬間。
 少年の拳は、ひなたに触れることなく、空をきった。

『ゲット・レディ?』」

 ひなたが叫ぶ。
 今度の加速は、さっきとは比べ物にならなかった。
 速すぎて、目では追えない。
 ほんの数秒で、数十発を越える打撃が相手に叩き込まれた。
 タフな身体強化系能力者で、これは耐えられなかった。
 ひなたの足元に少年が倒れ込む。

「違反者、確保しました……はい、二人目の移送の用意もお願いします」

 ひなたの無事を確認すると、望は足早にそこから立ち去ろうとした。

「望、ちょっと待ちなさい」

 振り向くと、望の目の前にひなたがいた。

「あなた、今、余計なことをしたでしょ? 言っておくけど、あれは紙一重で避けられたの。それなのにッ」

 ひなたが、怒った顔で詰め寄ってきた。

「あたしは執行部のエースなのよ。あんなことをされたら、あたしのプライドがズタズタだわッ!!」
「ごめん。余計なことしたよ」

 望は申し訳なさそうに謝ると、ひなたにビニール袋を差し出した。

「そうだ、これいっぱい買ってきたんだ。ひなたにもあげる。だから許して、ね?」
「なによこれ」
「ゼリーだよ。好きなのをふたつ選んでよ」
「それならブドウ味とレモン味でいいわ」
「あ、それは……」

 そのふたつは、望が食べたかったゼリーだ。

「なによ、文句あるの?」
「いえ、ないです。邪魔するといけないから、もう帰るね」

 立ち去ろうとすると、ひなたが呼び止めた。

「ちゃんと冷蔵庫に入れておきなさいよ」
「うん、もちろんだよ。夕食の後に一緒に食べようね」

 望が答えると、ひなたは、とびきりの笑顔でうなずいた。

+ + +

 風澤望と一条ひなたは、二人暮らしをしている。
 それは限られた人物しか知らない、二人の秘密だった。

作:津上蒼詞